ビジネスチャンスが広がるプログラム 実践的で本気度が別格2024.0808
全国で最も高い空き家率や超高齢化社会。坂道が多い交通不便に土石流災害からの復興。ネガティブに捉えられがちな要素が多いからこそ、企業の研修には絶好の場所となっている。静岡県熱海市でまちづくりを進める民間企業「machimori」は、オリジナルのプログラムで企業の課題解決をサポートする実践型の研修に力を入れている。熱海の特徴を生かした、まちづくりの会社ならではのプログラムは内容の濃さと本気度が違うという。
課題の多さをポジティブ要素に 熱海はビジネスチャンスの宝庫
バブル崩壊後に観光客が激減し、街が廃れた熱海は今、にぎわいを取り戻している。V字回復の成功は「熱海の奇跡」とも言われている。だが、その奇跡は決して偶然ではない。分析や戦略で裏付けされた必然だった。
熱海の復活を語る上で不可欠な存在なのが、「machimori」で代表を務める市来広一郎さんだ。生まれ育った熱海の未来に危機感を抱いた市来さんは2009年、再生に向けて動いた。まず着手したのが、徹底した調査と分析。熱海の課題を洗い出してから対策に乗り出す必要性を感じていた。
問題点は次々と見えてくる。空き家率は50%を超え、全国にある市の中で最も高い。65歳以上の人口は半分近くを占め、少子高齢化や高齢者福祉の問題は深刻。観光に長年依存してきたため、地域内で経済を循環させる仕組みも脆弱だった。そして、市来さんが地元の人たちと直接話をする中で痛感した課題が「観光優先のまちづくり」だった。短絡的に観光客を増やす取り組みだけでは、一時的に観光客が増えてもバブル崩壊時の失敗を繰り返すのが目に見えていた。
市来さんは、今まで置き去りにされていた地元の人たちの意識を変えることに注力した。埋もれている地域の資源を発掘して再構築し、住民と一緒にまちづくりを進めた。閉鎖的だった熱海の空気は確実に変わっていく。観光客は増加し、10年前はシャッター街だった熱海銀座1階部分の空き店舗はなくなった。
観光客が減少した当時の熱海銀座
マルシェでにぎわう熱海銀座
街の“探検”やインタビュー まちづくり会社ならではの研修
こうした成功の軌跡は他の自治体、さらには企業にも財産となる。「machimori」は2019年から社会課題解決の現場を体感する「越境学習型研修プログラム」を展開している。社会共創事業部の事業部長として研修の中心を担う佐々木梨華さんがプログラムの狙いを説明する。
「企業は新規事業、イノベーション、SDGsといった社会課題や地域創生に取り組んでいます。実際にmachimoriが取り組んできた事例をレクチャーしたり、地域の方々との交流を通じてリアルな声を知る機会をつくったりすることで、課題解決や新たなビジネスのきっかけになると考えています」
株式会社machimori 社会共創事業部 事業部長 佐々木 梨華 氏
研修の最大の特徴は、熱海の人たちと交流する時間を設けているところにある。参加する企業の課題や研修テーマに合わせて、machimoriがインタビューの対象者を用意。飲食店や宿泊施設の関係者といった王道から、移住者や起業家、さらには芸妓やスナックのママまで、これまで100人を超えるインタビューをセッティングしている。
研修の後半には自由時間をつくり、参加者が街を歩いて店の人や住民らと触れ合う。最初は戸惑いながらも、中には地元住民の自宅に招かれて話を聞いたり、数時間で10人以上と交流したりする参加者もいる。佐々木さんは「ドキドキしながら街に出て、自ら得た情報は発見や驚きがあります」と話す。
机上では解決しない課題 ヒアリングや観察で見える本当の姿
机上で話し合うのではなく、生の声を聞いて現場を知る重要性はmachimoriの経験に基づいている。例えば、年間を通じて15回ほど実施されている熱海の海上花火大会は観光客の増加につながっているが、住民に直接話を聞くと必ずしも花火を歓迎していない人もいる。地元の暮らしをないがしろにすれば、まちの衰退は加速する。観光客の目線に偏り過ぎたまちづくりは失敗すると気付くきっかけになった。佐々木さんは、こう話す。
「実際に事業をつくるときには、ヒアリングやまちの観察に重点を置きました。リアルなニーズや事業に関わる人たちの本音を知らなければ上手くいきません」
研修は参加する企業の要望やテーマに合わせて、プログラムを組み立てるセミオーダーの形となっている。企業の業種や規模は問わない。まちづくりをしているmachimoriはあらゆる企業が直面する問題と向き合い、熱海を再生させてきたノウハウがあるからだ。課題が山積する熱海は、何かを試したり、学んだりする場所としては最適と言える。佐々木さんが語る。
「熱海には色んな課題があるからこそ、企業の問題と共通点が見つかります。未来社会の実験の場として、熱海を活用してもらえれば良いと思っています。私たちも様々な実験をしてきましたし、これからもしていきます。斜陽産業と言われる企業でも、V字回復した熱海からヒントを得られるはずです」
研修きっかけに事業に発展 実証実験の場にも最適
研修がきっかけとなって、新たな事業に発展したケースもある。今年7月末にオープンする、シェアオフィスやコワーキングスペースが入る交流拠点「AJIRO MUSUBI」は、machimoriが2年前に研修の題材にしていた。
「AJIRO MUSUBI」は2021年に廃校になった網代小学校をリノベーションしている。廃校を防災の拠点や交流の場として活用する方法を研修で考え、その時のアイデアに賛同した地元住民や行政に活動の輪が広がった。
研修後も熱海を訪れて実証実験を繰り返す企業もある。その企業は、坂道が多い地域で自動運転のバスを運行する事業を考えていた。ニーズはあるのか、実際に運行した場合にどのような課題があるのかなどを知るため、熱海を実験の場に選んだ。バスを準備することはできなかったが、地元のタクシー会社の協力を得てタクシーを1日中走らせてデータを取ったという。
machimoriの研修は美術館でアート体験をしたり、街中で謎解きのようなゲームをしたり、バラエティに富んでいる。研修をマニュアル化せず、参加する企業によって内容を変える。手間をかける理由に、研修が好評を得ている秘密があった。佐々木さんが明かす。
「machimoriは研修を専門にする会社ではありません。まちづくりの会社です。研修で生まれたアイデアを私たちも今後の事業の参考にしようと思っています。だからこそ、本気で研修に関わっています。研修という感覚ではありません。地元を巻き込んで、課題を解決する事業を生み出したい気持ちで研修を行っています」
コワーキングスペースや貸し会議室も運営 研修や合宿で活用
machimoriではワーケーションや研修、さらには地元の人たちのビジネス利用の場として、コワーキングスペース&シェアオフィス「naedoco」や貸し会議室「GeNSEn Lab(ゲンセン ラボ)」も運営している。ともに熱海の中心市街地にあり、無線LANやプロジェクターといった研修や合宿に必要な設備がそろっている。1人で集中して仕事をしたり、小規模・中規模で集まったり活用法は幅広い。
熱海は観光だけのまちではない。日本全体の社会課題を解決し、新たなビジネスを生む可能性も秘めている。
【machimoriについて】
株式会社machimori
代表取締役:市来 広一郎
企業研修事業公式サイト:https://gensen.atamista.com/